大饅頭選手権の中で

長くなる事を残す場として

腕時計を気付かれたい願望とその儚さ

自分の時計が良いものかどうかなんて誰かに自慢して知らせるものではない。
自分がそれを知っていれば良い。黙っていても分かる人には分かるんだ。

私が一大決心してザ・シチズンを購入してから既に3回目の冬が終わろうとしている。
その間で私が身に付けるザ・シチズンについて誰かに気付かれた事はあっただろうか。

全然なかった。一度もなかった。
唯一それに近い経験としては、2chの時計スレにアップしてドヤーってした時に
「何その湿布みたいな文字盤」
「波板みたいなんだけど」
などと生暖かくあしらわれたことがあった程度だった。(エコドライブの文字盤には細かい溝がある)
しかし何も無さ過ぎてそれすらもはや美しい思い出である。


ザ・シチズン エコ・ドライブモデル AQ1020-51A


ザ・シチズンは良い時計だ。値段だって少々はる。
だが圧倒的に知名度とインパクトとそれっぽさが足りない。
天下のGrand Seikoはどうか。こちらの方は文字盤を見ただけですぐわかる。
Grand SeikoともGSとも書いてある。
ザ・シチズンはただ、"CITIZEN"とだけ。
カタログや店頭で見たことある人でもないかぎり、それがフラッグシップだなんてわかるはずもない。

だけど、それがまた良いのだと思っている。

ここに葛藤があるのだ。
気付かれたいけど自慢したくない。でも目立ちたくない。

あまりにも気付かれないので私はもう現実の世界を諦めたよ…。
妄想の世界で、他の人に見つかってしまう瞬間を夢見てしまうのだ。




タイトル:ザシチ見つかっちゃった

(登場人物)
 財津七郎…ザ・シチズンを持つ会社員
 吉田課長…財津の上司
 加藤…財津の同僚
 

オフィスに定時を告げるチャイムが鳴り響いた。
課長の吉田は帰る下準備とばかりにPCで開いていたファイルを端から終了して行く。

「課長〜。
私今度腕時計買おうと思うんですけど、課長って格好良い時計してるし詳しそうじゃないですか?
良いの教えてくださいよ〜。」

人懐こい声で話しかけるのは課の紅一点の加藤だ。
話しかけられた吉田は自分の腕時計ロレックスコスモグラフデイトナをちらと見てから加藤に答える。

「そんな詳しい訳じゃないけどな。
しかし時計って言ってもいろいろあるぞ〜。
SEIKOのルキアってだけでもたくさん種類があるから一度ショップを覗いてみたら?」

ルキアね…うん名前が良いかもなどと言いながら加藤は今聞いたキーワードを検索すべくスマホをいじり始めた。

その時、吉田の二つ隣の席の財津が席を立った。
定時後の一服でもするのだろう。
その背中が見えなくなった頃に加藤は言った。

「財津さんて、時計とか全然興味無さそうですよね。
なんかありきたりなデザインの時計してるし。」

加藤は財津の席に外して置かれたCITIZENとだけ書かれた腕時計を眺めている。

「そう見えるか?」

吉田は微笑みながら加藤に教える。

「財津のその時計はCITIZENのハイエンドモデルだぞ」

うそ…加藤は目をまあるく見開き呟いた。

「年差って言葉を聞いたことあるか?
だいたい一般的なクォーツ時計ってのは月差±20秒程度なんだ。
でもな、そいつのそれは年で最大5秒しかずれない。」

「ええ!?こ、このいかにもフツーな腕時計が!?」

「普通か…それは飽きの来ない普遍的なデザインと言い換えることも出来るだろう。
"最高の普通"というコンセプトを掲げて開発されたSEIKOのGrand Seikoのクォーツモデルも年差時計だがそれでも年差は±10秒だそうだ。
後発とは言えそのThe CITIZENはそれを上回る。
目立たないけど堅実に仕事をこなす…
…実にあいつらしい時計だと俺は思うよ。」

「へ〜すごいんだ…。
あ、でもでもThe CITIZENがすごいのはなんとなくわかったんですけど、財津さんて仕事出来るんですか?」

「あいつは目立ちたがらな屋さんだからな〜。
うちの会社に伝わる伝説は聞いたことあるか?」

「私が知ってるのは、会社の創設時に受注した大型案件が大炎上していたのを1人で解決した人がいたってのですね…。
確か通称、スーパーエンジニアZ…


え!?まさかそのZって!?」

「ふふふ、どうだろうな?」

「ちょっと課長〜!」


一服から戻った財津は帰りがけの加藤とすれ違う。

「おつかれす…」

「お、お先に失礼しますっ!」

なぜかいつもより丁寧でぎこちない挨拶を返された財津は首をかしげながら席に戻って行った。





ザシチって本当にいいもんですね!(うっとり)